†彼と彼女の日常†



 今日も晴れ。
 昨日も晴れ。
 一昨日も晴れ。

 暑いです。
 季節はもう夏。
 砂漠化した大地に強い日差しが降り注ぎ、一歩外に出るとそれはもう悲惨なほど暑い。
 ついこの間まではコートを羽織っていたことが嘘のようなこの暑さだ、僕や弟は半袖で生活することが当たり前だと思っていたけれど、彼女は違った。

 いつでもあのコート。
 そしてあの手袋。
 しかし以前と異なるのは、あの眼鏡。
 全てを覆い隠すかのようにかけられていた黒いバイザーは、ただの透明な眼鏡へと変わった。
 細身のその眼鏡は、彼女をとても理知的なものに見せ、とても似合っている。
 琥珀色の綺麗な瞳を常時見ることが出来るのは、はっきり言って気分が良かった。

 彼女がここに来てから早三ヶ月。
 気位の高い猫は完全に心を開いてくれない。
 でも、時折見せてくれる表情はとても人間味を帯びていて、それでいいと思う。
 少しずつ、少しずつで良いから心を開いてくれるなら、それだけで嬉しい。



「エレシュ、ちょっとおいでよ」

 僕が手招きで彼女を呼び寄せると、ふらりと無言のまま歩みよってきた。
 まあ、言葉が話せないのは仕方がないことなので、今ではあまり気にしていない。
 僕の傍まで来たエレシュは、じぃ、と興味深そうに僕の手元を覗いてきた。

「これ、なんだと思う?」

 言って彼女に見せたもの。
 それは今日の昼ご飯にと僕が作っていたある一品。
 ここからそう離れていない旧都市の遺跡から発見されたディスクの中に入っていた料理のデータの中で面白いものがあり、それを試しに作ってみたのだ。
 
 友人たちに頼んで食材をかき集め、データどおりの調理法で作ってみたが、これが意外に美味しそうに出来上がった。
 補足の中に、こういう暑い時期に食べるのは非常に良いとも書いてあった。

 ぬめぬめとしたウナギという魚を丁寧に捌き、ウナギ用に特別に作られたタレにウナギをつけながら、時間をかけてじっくり炭火焼。
 白いご飯を炊き上げ、黒と朱塗りの四角い器の中に白いご飯を適度に敷き詰め、そしてその上に焼きあがったばかりのウナギを乗せる。

 それだけでも食べることは出来るらしいが、今回はそれに出し汁をかけて食べることにした。
 なんでも『うな茶』という食べ物らしい。
 最初から順序どおりに作って思ったことだが、昔の日本人は本当に手の込んだことが好きだと思う。

 僕の手の中にある『うな茶』を見たエレシュは、とても不思議そうな顔をしながら首を傾げている。
 サラサラの黒い髪が音をたてて流れるのを、僕はとても落ち着かない気持ちで見つめていた。

「うな茶っていう食べ物らしいよ。ほら、このウナギって魚を使うんだ」

 何気なく器に入れていたウナギを手にとり彼女の眼前に突き出すと、エレシュはあからさまに嫌そうな顔をした。
 本当にこんなものが食べられるのかといった感じだ。
 普段なら問答無用で裕太に毒見をさせているところだが、生憎今回は私用でうちにいない。
 まあ、この匂いと見た目なら食べられなくもないだろう。

「あはは。すっごい嫌そうな顔したね。でも大丈夫だよ、昔の日本人は皆好んで食べてたものらしいから」

 はい、と『うな茶』を差し出すと、彼女は数秒間考え込んだが、素直にそれを受け取ってくれた。
 一ヶ月前なら、問答無用で叩き切られていただろう。
 見た目が少々グロイ魚でも、出来上がりはそれは上出来の一品。
 たまに自分の才能が怖いと思う。

「自分の分は自分で持っていってね。さ、お昼ご飯にしよう?」






「いただきます」

 声を出して言う僕とは反対に、彼女は無言で手を合わせる。
 僕がそれを口に運ぶ姿を、エレシュはじっと見つめていた。
 それほど僕の腕は信用ならないのかと思うと、少し悲しい気分になった。
 
 案の定、味は悪くなかった。
 むしろここ最近の作品の中では最高傑作だ。

「大丈夫、美味しいよ?」

 笑顔でそう答えたが、彼女はまだ信用していないらしい。
 何だかなぁ……
 
 それでも、そう簡単に誰かを信用できない状況の中を生きてきた事を思えば、当然のことなのかもしれない。
 癒える事のない心と身体の傷。
 今はこの場所に留まっているけれど、明日の朝には突然姿を消している可能性だってある。
 割と彼女との生活が気に入っている手前、いなくなられるのは寂しいけれど、今の僕には彼女を引きとめる資格は無くて……

 あれこれ僕が思案している間に腹を括ったらしいエレシュは、思いきって一口目を口に運んだ。
 咀嚼を続け、やがて彼女はそれを飲み込む。
 それからしばらく、彼女は身動きしなかった。
 僕は気に入ったのだが彼女の口には合わなかったのかな?と思ったのも束の間、エレシュはただひたすら『うな茶』を口に運んだ。

「美味しい?」

 その言葉に、エレシュは無言で頷いた。
 それからも彼女はただひたすら『うな茶』を食べ続け、僕よりも早く全てきれいにたいらげてしまった。
 
「気に入ってくれた?」

 こくん、と彼女は首を縦に動かす。
 存外幼く見えるそのしぐさに笑いをかみ殺しながら、また作ってあげるよ、と言うと、心なしか彼女が嬉しそうに微笑んだ気がした。



 また作ってあげるよ。



 確かに言った。
 自分でもその自覚は嫌と言うほどあるけれど…………

 でも、毎日『うな茶』を作ると言った覚えは無い。
 あれはウナギを用意するのが結構面倒だったりする。
 あんな魚、誰も食べないから。

 それなのに、僕や弟が『うな茶』以外のメニューを出すと、あからさまに嫌そうな顔をするのはやめて欲しい。
 好きなのはよくわかったから。
 よ〜〜〜くわかったから。

 はぁ……今日も僕がご飯を作らなくちゃいけない……
 理由はただ一つ。
 僕以外に誰も『うな茶』を作ることが出来ないから。

 ほら、もう既にエレシュがちょっと浮かれ気分であの朱塗りの箱をテーブルの上に置いて準備している。
 最近は自分一人でも白米を炊けるようになったのが嬉しいらしく、頼まなくても米は炊いてくれた。
 
 ははっ……エレシュが喜んでくれるなら別に良いんだけどね……はぁ……







※落ちがつかず。生粋の関西人としてこれは大問題だ。
  あれほどこれの続きは無いって言ったにも関わらず、かめ吉サマが別館のキリ番をとり、彼女の希望(欲望)により生まれましたこの話。
  本当に続きは無いので、日常のある光景を書いてみました。
  聞けば『部長さん』はオフィシャルでは『うな茶』好きとのことでしたので、折角なのでその設定を使わせていただきました。
  以前、裕太を出した後、かめ吉サマに「あいついらん」と言われたので、今回はお出かけしてもらいました(笑)。
  すまん、弟くん!!
  私は決して悪くないのだ!!少なくとも君に好意を抱いているよ?!
  でもね、この話はかめ吉さまのリクだから仕方ないんだ!!!



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