†冥界の女王†


 経済破綻に伴い日本と言う国は世界から消滅。
 混沌とした小さな島国は、色々な意味において世界中の注目を集めるようになった。

 国が崩壊してから数十年後、かつてこの国を混乱に陥れた戦国時代のような時代の幕開け。
 力ある者が無い者を食い物にしていき、少しでも油断をすれば下の者に寝首をかかれる。
 そんな事が日常茶飯事となった、小さなかつての“日本”。
 今では、この国の昔の国名を知るものは少ない。




 一人の殺し屋がいる。
 その殺し屋は『エレシュ』と呼ばれ、人々から恐れられた。
 『エレシュ』とは外国の古い神の名で、冥府の女王・大いなる地――冥界の女主人と言う意を持っている。
 『エレシュ』によって各国の有力者は命を絶たれ、今もそれは終わらない。
 どこの国の勢力にも属さない『エレシュ』。

 『エレシュ』は今もその手を血に染めている。



「それが僕の今回のターゲットなんだね」
 
 確認する男の声は若い。
 ソファに腰をおろし、笑顔という仮面を貼り付けた男。
 その向かいに座る男は、目の前にいる男の笑顔に薄ら寒いものを感じるが、できる限りそれを表に出さないようつとめた。

「冥界の女王『エレシュ』……ね……ま、期待しないで待っててよ」

 それでは困るのだ、そう思った男だったが、それを口にすることは無い。
 笑顔の男の腕を信用しているのもあるが、何より余計なことを言ってこの男の機嫌を損ねるようなことはしたくないと言うのが本音だった。

「頼んだぞ」

 言われた当の本人は、軽く片手を振るだけでそれ以上何も口にしないで部屋を後にした。





 闇にとける漆黒の外套。
 それはかの人物の全身を、ひいては心さえも覆い隠す可視のヴェールだった。
 頭すらフードで隠し、顔の半分は黒いバイザーによって隠され、瞳の色すら識別できない。
 筋の通った鼻筋に色白の肌から想像するに、整った面立ちではあるのだろうが、本当にそうであるかは疑わしくもある。

 見上げた先には、かつての文明の名残とも言える高層ビルの最上階があった。
 酷くゆっくりと歩いて見えるのに、事実その速度は駆け足程度のもの。
 ゆっくり歩いていると感じるのは、一つ一つの動作の優美さからくるものだった。
 
 ビルの入り口が近付くにつれて、その速度は速まる。
 外套の下から日本刀のようなものを取り出し、かの人物は完全に臨戦体勢へと思考を向けた。
 月明かりの元、冷たい刃は銀の光を反射し、一瞬だけだがバイザーに隠された容貌を明らかにする。

 きつく絞められた薄い桜色の唇に、銀の光を受けて明らかになる琥珀の瞳、フードから零れ落ちた髪は見事な濡れ羽色だった。
 切れ長の瞳はただ前方を見つめている。
 
 やがて侵入者の存在に気付いた彼らは、すぐに討伐するべくあらん限りの人をそこに差し向けた。
 
 一人、二人……人は増えていく。
 
 五人、六人……彼らは侵入者に銃口を向ける。
 
 十五人、十六人……それでも侵入者は躊躇うことなく足を進める。

 三十人、四十人……彼らの中の一人が侵入者に向けて発砲する。

 それが一方的な殺戮の始まりの合図だった。
 
 放たれた弾丸は侵入者に掠りもしない。
 抜き身の刀身が、次々と赫い軌跡を辿っていく。
 侵入者の通った後には、首の無い屍体が無慈悲に積みあがっていくだけ。
 驚くほど切れ味の良い刀は、幾人を屍に変えようと曇る気配は無かった。

 しかし、彼らとて愚かではない。
 何人かが侵入者を取り囲むように位置取り、じわじわとその距離を縮めていく。
 囲まれた侵入者に焦りの色は見えない。
 
 一人の男が放った弾は、侵入者のバイザーを掠める。
 地上に落ちたそれに一瞬目がいった彼らだったが、すぐに侵入者に視線を戻した。
 姿を現したのは、氷のように冷めた琥珀色の瞳を持つ、冷めた美貌の持ち主だった。
 思わず息を呑む彼らを無視して、侵入者は再び刀を振るう。

 まず狙われたのは、侵入者を囲んでいた者たち。
 次の瞬間には、彼らの身体を銀の刀身が両断していた。
 その行為には躊躇いも、その行為に対する罪悪感も感じられない。
  
「バケモノ……だ……」

 彼らの内の一人が思わず口にしたその言葉を耳にした侵入者は、初めて笑みを零した。
 しかし、それは彼らを嘲笑するようなもので、決して好意から出たものではない。
 あまりにも人間らしくないその微笑に、彼らは今更ながらに後悔した。
 
 侵入者の名は『エレシュ』―――――死の国の支配者。
 無慈悲な冥界の女王。

 ただの人が敵う訳が無いのだ。
 
 感情の無い琥珀色の瞳が、次の獲物を捉える。
 フードからはみ出した漆黒の髪は頬に掛かるほどの長さだっただめ、中性的な面立ちが存外幼いものに見えたがそれまでのこと。
 冥界の女王の手に掛かった男が最期に見たのは、何の感情も映さない琥珀色の瞳をもつ、生きた人形のような侵入者の姿だった。

 最後の一人を始末し終えても、『エレシュ』は呼吸を荒げてはいなかった。
 来た時と同様に一切の感情を奥に仕舞い込み、そしてまた足を進める。
 壊れたバイザーには目もくれない。

 もう少しでビル内に入ると言うところで『エレシュ』の足は止まる。
 暗闇から姿を現したのは、笑顔を浮かべながらも微塵の隙のない一人の男だった。

「すごいね君。あの人数をあっという間に片付けたというのに、息一つ乱してないなんて」

 月光の元、真っ先に『エレシュ』の目に飛び込んできたのは、何を考えているのかわからない青い瞳と、風に靡く柔らかそうなブラウンの髪。
 黒の上下に身をかためてその上からさらに真紅のジャケットを羽織り、両手はズボンのポケットに入れられている。

「それに美人だし。君に殺されたなら彼らも本望だろうね」

 『エレシュ』は何も言わない。
 ただいつでも斬りこめる様、刀を握る左手には力を込めていた。

「せめて名前くらい教えてくれないかな。これから殺しあいをするって時に呑気なものだと思うけどさ」
 
 相変わらずなその表情から、『エレシュ』は男の考えを読み取ることが出来ないでいる。
 苦笑交じりに『エレシュ』にウインクする男は、ああ、と何かに気付いたように声を出すと、いっそう笑みを深めた。

「僕の名前言ってないよね。僕は不二周助。で、君は?」

 不二と名乗った男の質問に答えたのは、『エレシュ』の声でなく態度だった。
 首を狙って一閃した『エレシュ』の攻撃を、不二は紙一重で交わして後ろへ跳躍する。
 一瞬だけ見えた『エレシュ』の首筋に見覚えのある焼印があるのを目にして、はじめて彼の表情が歪められた。
 不二が頭の中で考えを整理している間、彼は『エレシュ』の攻撃を避け続け、『エレシュ』は容赦の無い攻撃を続ける。

―――――エリエゼルの悲劇―――――

 そんな言葉が不二の脳裏に浮かぶ。
 『エレシュ』がエリエゼル出身のものであれば、権力者に恨みを抱くのも無理はなかった。

 小都市エリエゼル―――そこは戦いで親を亡くした子供たちの集まる、本当に小さな町だった。
 小さいけれど、子供たちが生きていくには充分な物資と力があり、それなりに自衛する力も能力もあった。
 けれどそれはあくまで“それなり”の力。
 少しでも力のある国に本気で攻められると、子供たちはどうしようもなかった。
 
 戯れに殺される子供たち。
 少しでも見目の良いものは、肉体的にも精神的にも散々嬲られて殺され、新型兵器の威力を試すための実験台となる子供もいたし、一ヶ所に集められたかと思うと灯油をかけられて生きたまま火をつけられる子供たちもいたと言う。
 さながら地獄絵図のような光景が、そこには広がっていた。
 生き残ったのは一人の少年と数人の少女のみ。
 そんな彼らも、家畜のように焼印を押された後は侵略者たちの都合の良い玩具とされ、すでに生き残りはいないとされていた。
 それが今から約七年前の話。

 あまりにも惨い出来事に、当時彼らと年齢の変わらなかった不二はひどく憤りを覚えていた。

(美しい『エレシュ』……押された焼印……そう言えば今まで『エレシュ』に殺されたのって、あの時エリエゼルに手を出した奴らばっかりだっけ)

 『エレシュ』の繰り出した切先が、不二の前髪を微かに切り落とす。
 それでも、不二が手を出すことは無い。
 一度動きを止めた『エレシュ』は、僅かに眉を顰めていた。

「君は、エリエゼルの生き残りなのかい?」

 その言葉で、それまで大きな感情の変化を見せなかった『エレシュ』の琥珀色の瞳が、目一杯見開かれる。
 美しい顔を歪めて強く歯を噛み締めたかと思うと、今まで以上に激しい剣閃が不二を襲った。
 けれど感情に流されながらのその攻撃は、先ほどの『エレシュ』からは考えられない程隙だらけ。
 先の読める攻撃を受け続けるほど、不二は優しく無い。
 一瞬の隙をついて後手に回り、刀を持っていた左腕を後ろに捻り上げ、右腕の自由も奪った。
 『エレシュ』は捻りあげられた衝撃で刀を地上に落とし、小さな呻き声をあげる。

「やっぱり、君はエリエゼルの――――」

 もう一度エリエゼルの名前が出ると、『エレシュ』は声にならない悲鳴をあげた。
 身を捩って懸命に不二から逃れようとする『エレシュ』だが、逃れることは出来ない。
 駄々子のような暴れように、不二は多少の違和感を覚えた。
 
 はじめはただ無言で暴れているだけかと思った不二だが、どうやらそうではないらしい。
 『エレシュ』は声をあげている。
 ただ、それが音のある言葉になっていないだけで……

 そして同じ言葉を繰り返し繰り返し、音のない声で叫んでいた。

―――――リョーマ―――――と。

 力の限りの抵抗をしていた『エレシュ』はやがて、あからさまに身を硬くして抵抗を止めた。
 暴れるのをやめた『エレシュ』に正直ほっとした不二だったが、すぐに自分の考えが甘いことを知る。
 
 小刻みに震えだす細い肢体。
 呼吸は浅くなり、首は不自然な動きで左右に揺り動かされる。
 状態を確かめようと自分のほうに向けてみると、琥珀の瞳に光はなく、どこか遠くを見ていた。

「『エレシュ』?」

 そう呼びかけて頬に手を添えると、『エレシュ』は焦点の合わない目で不二を見つめ、無音で“ごめんなさい”と繰り返した。
 “ごめんなさい”、“もうしないから許して”、“リョーマを助けて”、“彼を殺さないで”、“何でもするから”。
 ただその言葉だけを、壊れた人形のように何度も何度も口にする『エレシュ』が痛々しくて、不二は出来るだけ優しく『エレシュ』の身体を抱きしめた。



 そのまま眠るように意識を失った『エレシュ』を腕に抱いて、不二はう〜ん……と唸り声をあげながら途方にくれていた。
 今回の依頼者の目的は、『エレシュ』の抹殺・もしくは捕獲。
 腕の中で無防備に眠っている状態ならそのどちらも可能だが、『エレシュ』がエリエゼルの生き残りだとわかった今、そのどちらもする気は起こらない。
 商売上信用第一だが、彼ほどの腕の持ち主ならすぐに次の依頼は来るだろう。
 
 次の問題は、意識の無い『エレシュ』をどうするかだった。
 このまま放置するのは危険すぎるし、かと言って易々と家に連れて帰るわけにも行かなかった。
 不二は一人暮らしではない。
 弟と共に暮らしているのだが、同居人である彼の了承も得ぬままで大丈夫か、と思い悩んだ。が―――――

(でも、流石に裕太も意識の無いか弱い人間を無法地帯に放り出せとは言わないよね……うん、大丈夫だ。優しい裕太はそんな事言わない)

 と結論付けると、『エレシュ』を横抱きにして落ちていた刀も拾い、さっさとこの場所を後にした。



“俺は大丈夫。だからアンタは早くここに入るんだ”

 必死になって首を横に振る小さな少女を目の前に、同じ年頃の少年はしょうがないと言った風な笑みをこぼし、少女の頬に優しく口付けをした。

“ホラ。早くしないと追っ手に追いつかれるだろ?二人とも捕まったら脱走した意味が無いじゃないか”

 連れ戻された後は、おそらく今まで以上の屈辱を与えられるだろう。
 今でさえ、およそ人間とは思われない酷い行為を強要されているのにだ。
 あまりの酷さに少女は言葉を失い、少年もまた人間としての尊厳を踏みにじられた。
 それでも少年が強くあることができたのは、目の前にいる少女のお陰だった。

“大丈夫。俺はアンタの為ならどんな屈辱にでも耐えてやる。これが最期の別れじゃないんだ。必ず……必ずアンタに会いに行くから”

 少年は少女の唇に自分のそれを重ねると息が出来るよう仕掛けの施された箱に少女を押し込めて、一定の時間が過ぎるまで開かないよう細工を施す。
 少女が最後に見たのは、優しく微笑む少年の顔と、全てを包み込むような優しさを秘めた澄んだ青い瞳だった。

―――――どうか幸せに―――――

 声の出せない少女は、それでも懸命に声を張り上げた。
 狂わんばかりに声をあげ、溢れる涙は押さえきれない。
 少年の最期のその言葉だけが頭の中に浮かんでは消える。

(リョーマがいない幸せなんていらない!!!)

 己の無力を責めるように、少女は何度も拳を振り上げ、金属の扉を殴り続けた。


(本当に言いたいことが言えなかったなんて……俺もまだまだだね……)
 
 少年は自分に対して呆れたと言わんばかりの笑いを零すと、残る力を振り絞って立ち上がり追っ手の元へ足を向けた。
 
(好きだ、愛してる……そんなこと言ってもあいつを苦しめるだけだし……ホントはキスもしないのが良かったんだろうけど……)
 
 少年はわざと追っ手の目につく場所まで行き、少女の居場所から少しでも遠ざけようと、あえて彼らの視界に入るように逃げ続けた。

(でも、奴らに殺される時くらいは好きな奴のこと想いながら死にたいし……)

 ある程度少女から離れたところで、少年は追っ手に取り囲まれる。

(あいつとの甘い記憶の一つや二つくらい、あってもいいじゃないか)

 いまだ体の出来上がっていない少年は易々と捕らえられ、元いた場所へと連行される。
 戻れば今以上の苦痛が少年を待っている。
 おそらくは少女の居場所を吐かせるまでそれは続くだろう。
 逆に言えば、少年が耐えれば耐えるほど少女の逃げ延びる可能性は高くなる。

(アンタのためなら、どんな事にでも耐えてやるさ)

―――――愛してるよ、   ―――――




 あの日から繰り返し見る夢。
 久しぶりに聞いた“エリエゼル”という言葉の所為で、克明にあの日のことが夢に出てきた。
 しばらく時間が経つと開いた扉だが、もうそこにあの少年や追っ手の姿は無く、代わりに通りすがりのキャラバンに少女は拾われた。
 どういった経緯があるのかは判らないが、今回の事は少年が周到に計画した脱走計画だった。
 信頼できる彼らと連絡をとり、一人の少女を地獄から救うためだけの計画。
 彼らから全てを聞き、少年をあの場所から取り戻そうと力をつけたときにはもう手遅れだった。
 その後、少年がどんな目にあったのかなど、少女は思い出したくも無い。

 自分を救ってくれたキャラバンの者たちの制止を振りきって、少女は名前を捨て、感情を捨てて復讐することを決意した。
 エリエゼルを、仲間を、少年を奪った彼らに死の制裁を――――
 復讐の炎に身を燃やし、邪魔する者は片っ端から切り捨てていった少女は、やがて『エレシュ』と呼ばれることになる。


 覚醒が間近な『エレシュ』の瞼は、無意識のうちに動く。
 気ままな兄の代わりに『エレシュ』の看病をしていた弟は、『エレシュ』を起こさない程度の声で兄を呼んだ。
 呼ばれた兄は静かに扉を開けると、弟の真後ろに陣取り、間もなくやって来る『エレシュ』の覚醒を待つ。

 しばらくして薄く開かれた瞳。
 見覚えの無い光景に思考がついていっていないらしい。
 人の気配のする方に向けられた視線は、あまりにも頼りのないものだった。
 そんな『エレシュ』を安心させるよう、不二は穏やかな微笑を浮かべる。

「おはよう、『エレシュ』。そして改めて初めまして。会えて嬉しいよ」

 そしてここから彼らの奇妙な、弟にとっては迷惑極まりない共同生活が始まる。







 ※ウフフフフ……終わったわ……尻切れトンボだろうがなんだろうが終わったもんは終わったんです。
   そして何と言おうと、これはテニプリモノです。
   ほら見て、かめ吉さま!!あなたのご希望通り三角関係でしてよ!!
   おい、テメェリョーマと不二の名前使っただけじゃねぇか。
   挙句手塚は名前すら出てないとはどういう了見だ!!という突っ込みはナッシング。
   だって……だって【手塚】って呼び捨てじゃなんか色気ないじゃん!!
   これでもない頭しぼって考えたんだからぁ〜〜(泣)
   つーか……これは完全にオリジナルな展開じゃないか……(焦)。
   こんなんでよければかめ吉さま、受け取ってやってくださいましな。



  しかと受け取りました。思っていたのとかなり違ったけどまあいいや。塚カッコいいし。でもこれ不二塚だよね!リョ塚じゃないよね?不二塚だと思って君は書いてくれたよね!!←コレ重要!!!


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